Cast

アーネスト・ボーグナイン(『ワイルドバンチ』『コンボイ』)

1917年1月24日生まれ、2012年7月8日没(満95歳)。コネチカット州ハムデン出身。祖父はイタリア国王の審問官、母親はイタリア貴族の家系。高校卒業後にアメリカ海軍に入隊。戦後、ランドール演劇学校に学び、1949年にブロードウェイにデビューし、1951年に映画デビュー。『地上より永遠に』の軍曹役など、その外見から粗暴な役を務める事が多かったが、1955年に『マーティ』でアカデミー主演男優賞を受賞するなど渋い演技もこなす。1969年の『ワイルドバンチ』で渋い味のある盗賊役を見せたほか、『ポセイドン・アドベンチャー』や『北国の帝王』、『ニューヨーク1997』『ガタカ』など生涯で200本近い作品に出演した。1980年代以降はテレビを中心に活躍した。

ジェームズ・コバーン(『ダンディー少佐』『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』『戦争のはらわた』)

1928年8月31日生まれ、2002年11月18日没(満74歳)。ネブラスカ州ローレル出身。ロサンゼルス・シティー・カレッジ及び南カリフォルニア大学で演技を学ぶ。第二次世界大戦中は陸軍でラジオ・オペレーター、除隊後にニューヨークでステラ・アドラーに演技を学ぶ。メルヴィル原作「ビリー・バッド」でオフ・ブロードウェイにデビュー、その後『Ride Lonesome』(日本未公開)で1959年に映画デビュー。幅広い役柄を演じた彼は『白い刻印』のグレン・ホワイトハウス役でアカデミー助演男優賞を受賞。45年間のキャリアを通して70を超える映画と100を超えるテレビドラマに出演した。

クリス・クリストファーソン(『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』『ガルシアの首』『コンボイ』)

1936年6月22日生まれ。テキサス州ブラウンズビル出身。ポモナ大学の作家コースで学び、更に奨学金を得てオックスフォード大学に留学。卒業後に空軍のパイロットとして従軍。除隊後にテネシー州ナッシュビルで音楽活動を開始。1960年代後半から数多くのヒット曲を作り出し、アメリカではスタンダードとなっている楽曲も複数生み出した。彼自身のデビュー・アルバムにも入っている「ミー&ボビー・マギー」は、ジャニス・ジョプリンが「パール」で取り上げて全米1位のヒットとなった。ニューシネマ到来の波に乗って1971年『ラスト・ムービー』で映画デビュー。サム・ペキンパー監督に見出されて、数え切れぬほどの作品に出演。『スター誕生』ではゴールデングローブ賞主演男優賞を受賞。

アリ・マッグロウ(『ゲッタウェイ』『コンボイ』)

1939年4月1日生まれ。ニューヨーク州ポンド・リッジ出身。ウェズリー大学で美術史と演劇を専攻。卒業後、ハーパース・バザーの写真家のアシスタントとしてや、ヴォーグなどで働くが、次第にモデルとして女性誌やCMで活躍するようになる。1968年『ボディガード』に端役で出演。本格的な映画デビューは1969年の『さよならコロンバス』。『ゲッタウェイ』は当初パラマウントで製作される予定だったこともあり、当時のパラマウント社長と結婚していたマッグロウがヒロインを演じることになった。1973年にスティーブ・マックイーンと三度目の結婚をするが、5年後に離婚。

センタ・バーガー(『ダンディー少佐』『戦争のはらわた』)

1941年5月13日生まれ。オーストリア、ウィーン出身。旧ユーゴスラビアとハンガリーの血を引く。6歳の時からバレエを習い、10歳の時にラインハルト・ゼミナールで演技を学び、若手女優として台頭。1961年「秘密諜報機関」で共演したリチャード・ウィドマークに見出されたことがきっかけでアメリカ映画のみならず、フランス、イタリア映画へも出演するようになる。『勝利者』で国際的知名度を高め、『ダンディー少佐』でダンディーの堕落の原因となるテレサ役に起用。ほか出演作品に『さらばベルリンの灯』、『緋文字』などがある。

イセラ・ベガ(『ガルシアの首』)

1939年11月5日生まれ。メキシコ、ソノラ州エルモシージョ出身。1957年、エルモシージョの“Princess of the Carnival(カーニバルの女王)“に選ばれる。その後モデルや歌手として働く。ペキンパー作品では『ガルシアの首』に出演。劇中歌、“Bennie's Song”も作曲した。

L・Q・ジョーンズ (『昼下がりの決斗』『ダンディー少佐』「昼酒」『ワイルドバンチ』
『砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード』『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』)

1927年8月19日生まれ。テキサス州ボーモン出身。初期はジャスティス・エリス・マックイーンと名乗っていた。1956年『サンチャゴ』で映画デビュー。ペキンパーがドン・シーゲルのもとで働いていた時に知り合い、その後『昼下がりの決斗』でシルヴァス・ハモンド役に起用。その後も多くのペキンパー作品に出演した。

R・G・アームストロング(『昼下がりの決斗』『ダンディー少佐』『砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード』『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』)

1917年4月7日生まれ、2012年7月27日没(満95歳)。アラバマ州ジェファーソン郡出身。後に同州のバーミングハムへ移住。大学在学中から演劇に興味を抱き舞台脚本を書く。大学卒業後にはアクターズ・スタジオで演劇を学び、ブロードウェイで舞台デビューを果たしキャリアをスタート。1958年に『悪の花園』出演のためハリウッドへ渡り、1960年代から1970年代には映画『昼下りの決斗』『ダンディー少佐』や、『ローハイド』などのテレビドラマなど数々の西部劇へ出演。その後もコンスタントに様々な作品へ出演し1980年代にはヴィム・ヴェンダース監督作『ハメット』、アーノルド・シュワルツェネッガー主演の『プレデター』などへも出演した。

マリオ・アドルフ(『ダンディー少佐』)

1930年9月8日生まれ。スイス、チューリッヒ州出身。イタリア人の外科医とドイツ人の看護師の間に生まれる。1954年『08/15』で映画デビュー。ヨーロッパでの人気が高まり、『ダンディー少佐』『姿なき殺人者』などの外国映画にも出演するようになる。日本フランス合作映画『スパイ・ゾルゲ / 真珠湾前夜』にも出演している。代表作は1978年『ブリキの太鼓』。現在もドイツの映画やテレビドラマで活躍中。

デイヴィッド・ワーナー(『砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード』『わらの犬』『戦争のはらわた』)

1941年7月29日生まれ。イギリス、マンチェスター出身。書店で働きながらアマチュア劇団で活動。その後、王立演劇学校で学び1962年「夏の夜の夢」の舞台でデビュー。その後、多くのシェイクスピア劇に出演。舞台俳優としてロンドンを中心に着々とキャリアを重ね、『トム・ジョーンズの華麗な冒険』で長編映画デビュー。1970年『砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード』で注目を浴び、英国のみならずハリウッド映画へも出演し始めた。『バンデットQ』、『オーメン』、『トロン』などのカルト作品や話題作多数。1979年には、テレビ映画『炎の砦マサダ』でその演技力が評価されてエミー賞も受賞した。1997年には『タイタニック』でレオナルド・ディカプリオと共演。

ボー・ホプキンス(『ワイルドバンチ』『ゲッタウェイ』『キラー・エリート』)

1942年2月2日生まれ。サウスカロライナ州グリーンビル出身。父親は9歳のときに他界。16歳のころ、警察とトラブルを起こし地方検事の叔父に感化院に入るか軍隊に入るか迫られ、学校を退学して18歳と偽り入隊。除隊後は役者を目指し舞台に立ち、奨学金を得て演技を学んだ。1966年にテレビドラマ『The Pruitts of Southampton』でプロデビュー。そして1968年にレスリー・ニールセンらが出演の犯罪映画『Dayton's Devils』で映画デビュー。70年代に入ってからは本格的に役者活動を続け、様々な作品に出演して俳優としての地位を確実なものにしている。

ヴァディム・グロウナ (『戦争のはらわた』) ロジャー・フリッツ (『戦争のはらわた』)

家族・友人・仕事仲間たち

ファーン・リー・ピーター (サム・ペキンパーの妹)
ルピタ・ペキンパー (サム・ペキンパーの娘)
ケイティ・ヘイバー (サム・ペキンパーの仕事仲間で恋人【1971~1977年】)
チャロ・ゴンザレス(サム・ペキンパーの友人、助手、ペキンパーの妻の叔父)
ゴードン・ドーソン
(『ワイルドバンチ』衣装係、アソシエイトプロデューサー、第二班監督【1970~1974年】) 
ダン・メルニック(「昼酒」『わらの犬』プロデューサー)
マーティン・ルイス (ジュリアン・レノンのPVのプロデューサー)
ガーナ―・シモンズ  (「PECKINPAH : A Portrait in Montage)」著者)
デヴィッド・ウェドル (「If they move, kill’em! – The Life & Times of Sam Peckinpah」著者)